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今日はkunstarztに「モノグラム美術」を見に行きました。出展者はナディア・プレスナー、岡本光博、髙須健市、タノタイガ、宮川ひかる。いずれもルイ・ヴィトンのモノグラムを題材にした作品を出展しています。会場には宮川さんがいらして、それぞれの作家の作品について親切に教えて下さいました。

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展示風景

展示会の狙いについて、主宰した岡本さんのステイトメントによると「…ルイ・ヴィトン社のモノグラムは多くのアーチストが作品に取り入れてきた。もはや現代のイコンと言われるほど魅力があるのだろう。残念ながらルイ・ヴィトン社からの公認を得られなかった作品ばかりではあるが、だからこそ、そのフェアユースかどうかの専門家の判断も含めて、改めて社会に問いたい」とのこと。

岡本さん自身、作品「バッタもん」の展示に際してルイ・ヴィトンからクレームがあり、撤去されたというお話を伺いましたが、今回、同じようにモノグラムを使用した作品を発表している出展者とともに、こうしたアートの独自性を改めて世に問いたいということなのでしょう。

それぞれの作家の作品の意図と、それに関わる法的な問題については、ギャラリーで販売されている、家本真実さんが書かれたリーフレットに解説されており、本展示会について考察する良い手がかりになります。私もこちらを参考に、繰り返し読みながら考えてみたいと思っています。

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リーフレット

さて、ギャラリーの壁面は切り抜きされたモノグラムが整然と貼られていて、床には残りの紙が山のように散らばっていました。これは高須健市さんの作品
「SURFACE」。

素材は京都市内のゴミとのことでした。東京で開催される展覧会の際には東京のゴミを使うそうです。

おそらくチラシや新聞などを型抜きしたものなのですが、これが色とりどりで、視覚的には純粋に美しかったです。

それはルイ・ヴィトンのマークだと知っているからなのか、それともルイ・ヴィトンが存在しなくても、良いデザインだと感じるのか、どうなんだろう?と自分に問いかけてみましたが、やはり私はモノグラムそのものの優れたデザイン性を思わずにはいられませんでした。

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高須健市の「SURFACE」

紙屑というチープな素材から、高級ブランドのイメージを作品として作り上げる。その意図するところは、宮川ひかるさんの紙で作ったルイ・ヴィトン「lv 150 ans」にも通じるものがあります。

宮川さんは紙で本物そっくりにこしらえたバッグを、実際にバリのルイ・ヴィトンのショップの目前で販売しようとして警察に連行されたそうですが、この時宮川さんは「紙で製作されたバッグにも価値があることが証明された」と思ったそうです。

この作品には正規品と同じ価格を付けていたとのことですが、もちろん単なる偽物として考えれば高いです。でも、宮川さんの試みそのものの価値を含め、純粋にアーチストが手作りした一点もののアート作品と考えると、それは高いとも安いとも言えない。この作品が、そして宮川さんのある種のパフォーマンスを評価できるコレクターにしてみれば、けして高くはない、いや、少なくど本物と比較するようなことはできないのではないでしょうか?そこにこそアート作品の独自性があるように思います。
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宮川ひかるの「lv 150 ans」

これに対して、岡本光博さんの「バッタもん」は、紙ではなく、実際にモノグラムが印刷された革生地を使って作られたものです。

私は思わず岡本さんに「これ、本物のヴィトンの革を使ったんですか?」と尋ねました。すると岡本さんはちょっととぼけたように「それはここでは明らかにしないことになっています」とおっしゃいました。

本物の生地を使って、それを精巧なバッタに作り上げたなら、正規品と同じ価格でも高くはない。でも、偽物の生地を使って作られたものだとしたら? アートとしての価値は下がるでしょうか?

先に宮川さんの紙のバッグが、アートの価格としては高くはないと思われる可能性を考えた私が、革でできた「バッタもん」を見て、本物かどうかを気にするというのは、矛盾していますよね?

紙であれば観念的にその作品は本物のヴィトンと切り離されるけれども、革製品のとなると、やはりそこが気になって来るのが、面白い心理だと思いました。

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岡本光博の「バッタもん」

素材という点では、タノタイガさんの作品は、木を使って作られたものです。私の印象では、素直にこれは良くできたものだな、というもので、それは紛れもなくルイ・ヴィトンの木製版ですが、前の二人ほどの過激さは感じませんでした。

宮川さんのバッグには、チープな紙によって再現したという過激さ、岡本さんのバッタは、素材という点での際どさを感じたのですが、木彫の持つ独自の風合いが、タノタイガさんの独自の制作技術とあいまって、本物との距離感がある程度保たれているのからかもしれません。

もちろんこれがルイ・ヴィトンのお店の前で売られていたら、物議を醸すには違いないでしょうけれど。。

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タノタイガの「LVM」

アート作品がモノグラムを使用した際に、フェアユースかどうかを語る時に、量産されて市場に広く出回る製品の、いわゆるフェイクと同じ法的扱いはおかしいではないか?という問いについては、私はそうだろうと考えます。

けれど一方で、アートだからこそ、メーカーとしては警戒心を働かせる動機もあるのかな、とも思うのです。つまり、アートは独創的な美的理念あるいは価値観によって生まれるゆえに、一般大衆的なイメージを醸成するメーカーにとっては、そのイメージに寄生している単なるまがい物よりも、危険と感じるかもしれないのです。ひとつのアートの強烈な個性が、ルイ・ヴィトンの築いてきた社会的イメージを変えてしまう可能性があるからです。

そうしたイメージという点では、ナディア・プレスナーの作品、飢えた子供がヴィトンを持っているというシニカルな表現は、ルイ・ヴィトン社の神経を逆なでするには十分だったのではないでしょうか?

タイトルは「Simple Living」。プレスナーはこの絵をTシャツやポスターにして販売し、その売上を寄付しようとして訴えられたと言います。

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ナディア・プレスナーのTシャツ

今回の五人の作品は、それぞれルイ・ヴィトンのモノグラムという、大衆的に幅広く認められ、崇拝すらされているイコンを利用することで、大衆化されたものに対峙するアート作品の独自性、存在価値を、逆説的に強く訴えるものであると私は感じました。

この展示会は4月6日まで京都で、4月15日〜27日は東京日本橋のspace23で開催されるとのことです。